無人クラス

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排泄セオリー

2012/03/13 Tue 01:48

相対性理論をウィットに富んだ例であらわすと、「楽しい時間は早く過ぎ、逆に嫌な時間はなかなか過ぎていかない」ということ。

しかし今朝、この理論を否定する出来事に遭遇した。

午前8時頃、僕はマイクタイソンにボディを打たれて二、三日経ったときのような腹痛で目を覚ました。僕の三大嫌な目覚めは、こむら返りで目覚め、顎が外れて目覚め、そして腹痛で目覚めだ。
憂鬱な気分になりながら、いそいそとトイレへと向かう。

しばらくして、無事腹痛も収まる。ちょっと長居しすぎたかななんて思いながら、トイレから出て時計を見た瞬間、僕は言葉を失った。

針が指し示す時間は、9時15分。

なんとトイレに入ってから1時間弱の時間が経過していたのだ。
自分としては15分少々便座に腰を下ろしていた感覚だった。どういうことなのだ。

それからしばらくして、僕の頭の中に一つの単語が浮かび上がった。

「相対性理論」

そうか、これがかの有名な相対性理論か。しかし、何かがおかしい。
そう、相対性理論とは上でも述べたように、「楽しい時間は早く過ぎ、逆に嫌な時間はなかなか過ぎていかない」という理論だ。
先程の出来事をこの理論に当てはめると、【排泄行為=楽しいこと】という方程式が成立してしまう。そりゃあ、中にはそういう人もいるだろう。しかし大多数は排泄行為に費やす時間は嫌な時間であると答えるであろう。

つまり嫌な時間が早く過ぎるという、相対性理論を真っ向から否定する出来事が起こったのだ。

この一連の出来事で僕は何時間か頭を悩ましたが、納得する答えを得るには至らず、結局、「排泄行為に費やす時間は相対性理論を超越した存在である」という一つの仮説を立てて本件は幕を閉じた。
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トラウマドライブ

2012/03/12 Mon 03:19

先日、ようやく普通免許を取得した。「取得してしまった」のほうが正しいのかもしれない。

教習所での初乗車の際に担当教官から、「君は未来の轢き逃げ犯やな」と衝撃の宣告をされた僕にしてはよく頑張ったと思う。
最初、この宣告自体を、初めて運転する人をリラックスさせるための教官屈指のジョークなのかなと思って、「あはは、冗談きついっすよー」と半笑いで言ったら、違った。本気だった。真顔で「ふざけてんのか」と説教された。自害しようと思った。

まあ初回からそんなことがあって、そこから何回か乗車したんだけど毎回怒られてばかりで、8回くらい乗車した頃だろうか。豆腐メンタルの僕はドライビングスクールエスケープ症候群にかかってしまった。簡単に言えば、登校拒否である。糞この上ない。

結局三ヶ月くらい拒否った。もう免許なんていらない!自転車あるし!有酸素運動にもなるしね!ちょうど膝とか鍛えたかったし!という、悲しき葛藤はあったんだけど、よく考えてみれば30万円近い教習代は誰が払っているのかと言えば僕が払っているのだ。

店員じゃなかったら恐らく何らかの過ちを犯してしまうだろうなと思うほどの客とは名ばかりのモンスターへの対応をこなし、ようやくその対価として受け取ったアルバイト代を未来の轢き逃げ犯宣告のためだけに無駄にしていいのか。いいわけがない。

ということでそこから教習所に通い詰めた。朝、目が覚めたらそこが自宅なのか、教習所なのか、それとも母なる星、ピポット星なのか区別がつかなくなるくらいには通い詰めた。そしてやってきた卒業検定の日。

驚くことに検定の担当教官はあの忌々しい、僕にトラウマを植え付けた、どことなくスマイリーキクチを彷彿させる容貌のあいつだった。
検定自体は無難に終わり、見事合格した。合格により多少気持ちが高揚していた僕は、キクチに、「初乗車のとき、あなたに未来の轢き逃げ犯宣告されたんですよ」と切り出してみた。

するとキクチはあの日と変わらない真顔で言い放つ。

「君は未来の玉突き犯やな」

多少の成長はしたものの、どうやら僕に運転は向いていないらしい。
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変態スパイラル

2012/01/05 Thu 02:09

日本人は群集心理に囚われた存在だ。
皆がやるから自分もやるという考えに基づいている。

そんな群集心理から脱却したい人間たちが作り出したのが、サブカルチャーである。略してサブカル、それに属する人間のことをサブカル系と言う。
よく下北沢とか高円寺にいるあいつらな。ヴィレッジヴァンカードを巣としていて、浅野いにおをバイブルとしてるあいつらな。
簡単に言えば、アブノーマルなものを好む人間だ。包茎で例えると、カントン包茎みたいな感じ。
まあ、ちょっと前まではサブカルは個性的であったんだけど、最近はサブカル系の人口が増えすぎたせいか、無個性になってきた。恐らく今後も増え続けていくと思う。集団錯誤の呪縛だ。

群集心理から脱却するために作り出したものが、皮肉にもまた新たな群集を生み出してしまった。
では、どうすれば脱却できるのか。
普通でなくなればいいのか。しかしそのままではサブカルと変わりない。もっとアブノーマルになればいいのか。

普通の人間がジャケットを着れば、サブカル系は、やけにヒラッヒラッしてる、それ服なの?それともただの布なの?みたいなものを着る。ここから更にアブノーマルにいくとなると、もう全裸しかないじゃん。
普通の人間が好みの芸能人に佐々木希を挙げれば、サブカル系は、緒川たまきを挙げる。では、更なるアブノーマルは誰を挙げればいいのか。残された選択肢は、ジュニアアイドルとかになっちゃう。

まあそんな風にアブノーマルを極限まで追求した結果、その人間がどういったものに分類されるかと問われれば、ただの「変態」なのである。
そして残念なことに、変態はこの世にごまんと溢れている。
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